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加須市について

加須市の概況

本市は、埼玉県の東北部、関東平野のほぼ中央部を流れる利根川中流域にあり、利根川の堆積で形成されたという平坦地で、古き良き歴史を残した都市機能が集積する市街地と、その周辺に広がる水と緑の豊かな農村地域が調和するまちです。東西と南北それぞれ約16kmの広がりをもち、面積133.47km2、都心からおおむね50km圏内にあり、群馬県、栃木県及び茨城県に接しています。

気象は、太平洋側気候に属する内陸性の気候で、年間平均気温15度、降水量約1,300mmです。冬は、北西の季節風が強く、空気が乾燥し、夏は、日中かなりの高温になり、豪雨が発生しますが、一方、全国でも晴天の日が非常に多いところであり、生活はおおむね好適といえます。

鉄道は、東武伊勢崎線に加須駅と花崎駅、東武日光線に新古河駅と柳生駅があり、JR宇都宮線・東武日光線の栗橋駅に近接しています。

主要な道路は、東北縦貫自動車道と国道122号が南北方向に、国道125号と国道354号が東西方向に走り、東側で国道4号に近接しています。

沿革

  (旧)加須市 (旧)騎西町 (旧)北川辺町 (旧)大利根町
昭和29年5月 加須町・不動岡町・三俣町・礼羽村・大桑村・水深村・樋遣川村・志多見村が合併し市制施行、加須市となる      
昭和29年10月   騎西町・田ヶ谷村・種足村・鴻茎村が合併し騎西町となる。    
昭和30年 1月       東村・原道村・元和村・豊野村が合併し大利根村となる。
昭和30年 3月   高柳村を編入    
昭和30年 4月     利島村・川辺村が合併し北川辺村となる。  
昭和32年 1月 大越村を編入      
昭和46年12月 大利根町との境界変更     加須市との境界変更
昭和46年 1月       町制施行
昭和46年 4月     町制施行  
昭和53年 6月 羽生市との境界変更      
昭和59年11月 大利根町との境界変更     加須市との境界変更
平成元年 建設省国土地理院「全国都道府県市区町村面積調」により面積修正      
平成 4年 8月 久喜市との境界変更      
平成11年 6月 羽生市との境界変更      
平成22年3月23日 1市3町合併 新「加須市」誕生

加須市内各地域の紹介

加須地域

江戸時代には、中山道と日光街道を結ぶ脇往還の宿場町、関東三大不動の一つ不動ヶ岡不動尊總願寺の門前町として繁栄し、伝統ある文化財や歴史を物語る遺産が数多く残されている加須地域では、豊かな自然の中で、創造し育んできた伝統を活かしながら、昭和59年に「文化都市宣言」、昭和63年には、「健康・スポーツ振興都市宣言」を行い、心と体の健康づくりを推進してきました。

生涯学習施設では、各地域に点在する公民館、コミュニティセンターや文化施設、体育施設など、多くの施設が存在し、地域に根ざした生涯学習に取り組んできました。

北川辺地域

関東平野のほぼ中央に位置し、利根川と渡良瀬川の合流地点となる「水輪のまち」北川辺地域では、スポーツ、レクリエーション、イベントにと、あらゆるレジャーが満喫できるアクア・スポットの拠点として、人気を集めている渡良瀬遊水池をはじめ、文化財、物産など、豊かな緑と肥沃な大地に恵まれています。

また、渡良瀬総合グラウンドには、多種のスポーツ施設があり、生涯学習の拠点として活用されてきました。

騎西地域

古くは城下町として栄え、広大な水田や寺社林、屋敷林などの水と緑に恵まれていたことから、平成12年に「環境の町宣言」をし、「環境にやさしいまち・くらし優先のまち・ゆとり実感のまち」を未来像に掲げ、この豊かな自然と保寧寺木造阿弥陀如来及両脇侍像(国指定重要文化財)や玉敷神社神楽(国指定重要無形民俗文化財)など、貴重な文化資源を大切に守りながら、環境にやさしいまちづくりに取り組んできました。

また、埼玉県の施設である環境科学国際センターの立地により環境学習が活発となり、総合体育館や生涯学習センターなど特色ある施設の建設を行い、生涯学習活動の推進に取り組んできました。

大利根地域

作曲家「下總皖一」の生誕の地である大利根地域は、「童謡のふる里」として童謡文化の普及や継承とともに、ひとにやさしいまちづくりを推進してきました。

カスリーン台風の決壊口跡には記念碑とモニュメントが建設され、後世に被害の甚大さと治水の重要性を語っています。隣接する、おおとね童謡のふる里室には、下總皖一が作曲した全国の校歌を中心に、多くの資料が展示されています。

また、下總皖一生誕100周年記念事業として、童謡のふる里おおとねアスタホールを建設し、更なる生涯学習の充実に取り組んできました。